JOURNAL

FASHION MEDIA CHRONICLE #11 信念を曲げない覚悟が、信頼をつくる。『Precious』の品格と矜持 Precious編集長 池永裕子さん

加速するデジタルシフト、多様化する価値観やライフスタイル。目まぐるしく変化する現代社会において、メディアの在り方も日々進化しています。変わり続けることと、変わらないこと。ファッションや美容情報を届けるメディアの「今」と「これから」に迫ります。今回は2004年に創刊した上質で洗練された情報を美しいビジュアルで届けるファッション誌『Precious』の編集長、池永裕子さんにお話を伺いました。

人気女性誌とともに築いてきた編集者としてのキャリア

池永編集長のこれまでの経歴をお聞かせください。

新卒で入社した出版社では、TV芸能誌の編集をしていましたが、もともとファッション誌志望だったこともあり、26歳の時に小学館に転職しました。最初は『CanCam』編集部に配属され、29歳で『Domani』へ。その後36歳で『Oggi』に異動となり、産休・育休を経て復帰後すぐに『Precious』へ。そして昨年10月、編集長に就任しました。育休から復帰した直後に『Precious』への異動だったので、当時は驚きと不安でいっぱいでしたね。

─小学館の看板女性ファッション誌を経て、『Precious』の誌面づくりでも意識していることはありますか?

当時の『CanCam』や『Oggi』『Domani』はライフスタイル別にセグメントされた雑誌で、時代背景を色濃く反映したストーリー設計が特徴。その世代を取り巻くいろいろな情報が詰め込まれていて、比較的タッチポイントの多い雑誌だと思います。一方で、『Precious』のコア層は40代ですが、読者を年齢で区切ってはいません。“シンプルで上質なライフスタイルを楽しむ、マチュアな魅力を持つ女性”をペルソナに設定しています。流行にとらわれることなく、本物を見抜く目を持ち、自分の好きなモノやコトを上手に取捨選択しているような女性像です。情報量よりも情報の質にこだわり、奥行きのあるページ構成にすることで、佇まいやライフスタイルの魅力を丁寧に伝えられたらと思っています。

“変えない”という選択が築く、揺るぎない品格

─創刊から21年を迎え、変わらないこと、変わったことはありますか?

創刊当初から日本発の“シンプル・ラグジュアリー”を提案する雑誌として、基本のコンセプトは一貫していますし、編集部にもそのDNAがしっかりと受け継がれています。創刊時から変わらず現在でも活躍してくれている制作スタッフもいますし、21年にわたって蓄積してきた知見は、かけがえのない財産だと実感しています。キャッチーな要素を取り入れたり、時代の空気感に応じて、編集方針を変えることはできます。でも『Precious』はあえて“変えない”選択をしてきました。品格や信頼性を何よりも大切にしているからこそ、取り上げるテーマは慎重に選んでいます。

では、現在の『Precious』の役割とは?

近年は、ラグジュアリーブランド各社がオウンドメディアで発信するようになりました。そのような状況下で私たちの役割は、各ブランドの世界観を損なうことなく、日常生活の中でどう取り入れれば素敵になるか、を提案することにあります。誌面で紹介するファッションは、ジュエリーや靴を変えるだけでオフィスにもパーティにも対応できるような、シームレスな着こなしが多く、シンプルでかっこいいスタイルが基本です。マチュアな女性像を体現することを大切にしているので、いわゆる“今っぽさ”は必ずしも優先していません。もちろんトレンドによってはお腹が見える丈の短いトップスやミニスカートが注目されることもありますが、大人世代がそのまま取り入れるには抵抗がありますよね。知的好奇心の高い読者の方々に向けて、「この着こなしならチャレンジできるかも」と思っていただけるような、入り口としての提案を常に意識しています。

生き方につながるラグジュアリーな佇まいを

『Precious』といえば、ジュエリーや時計の美しい写真が印象的ですが、やはり人気の企画ですか?

そうですね。毎年、年に1回ジュエリー号を発行しています。時計は9月号で新作の大特集を組み、12月には「ウォッチアワード」というリアルイベントを開催。大賞を受賞した作品は翌年1月号で紹介しています。何気なく置かれたジュエリーや時計から、その人のスタイルや人生観が垣間見えるように、それらは持ち主を象徴するアイコニックな存在です。10年間着続けている服は少ないかもしれませんが、10年間身に着けているジュエリーや時計は、多くの方が持っていらっしゃいますよね。肌に一番近い場所で、その人の美しき人生に寄り添っている──そんな存在だと思います。そうした思いを込めて、2025年8月号では『ジュエリー、それは人生そのもの!』というタイトルの特集を組みましたが、大変ご好評をいただきました。

デジタルの取り組みはどのようにされていますか?

2017年にオープンしたWeb媒体『Precious.jp』は、ラグジュアリーの世界への入り口としての役割を担っています。タイアップでは紙媒体の『Precious』と連携し、記事の転載や動画をオプションで付けるなど、クライアントのご要望に応じて柔軟に対応しています。また、毎日22時07分に配信しているLINEの記事は、読者のリーチ率や開封率の高さが強みです。最近はサブスクや電子版を利用される方も増えてきましたが、やはり紙媒体への支持が相変わらず根強く、都市部の大型書店での取り扱いを重視するなど、読者層に合わせた戦略をとっています。

最近のヒット企画はありますか?

『Precious』の読者には旅好きの方が多く、別冊付録の旅特集は非常に人気です。付録を保存して旅先に持参される方も多く、日頃の自分へのご褒美として旅を楽しむ傾向が見受けられます。たとえば、7月号の別冊付録では「大人を虜にする『マチュアな沖縄旅』BOOK」と題して、俳優の板谷由夏さんに沖縄本島を訪れていただきました。ただ素敵なスポットを紹介するのではなく、その背景にある想いやストーリーまで丁寧に伝えることを大切にしています。

余白を残した誌面構成で想像力を掻き立てる

鉄板企画はありますか?

旅や名品紹介、シックなカラーやニュアンスカラーの配色特集は人気コンテンツですね。ただ、これは冒険かなと思うような企画が意外と反響が良かったりもします。「目覚めよ、美容脳」と題した6月号の美容企画がまさにそうでした。ファッションは常にアップデートしながら取り入れている方が多い一方で、美容では長年同じものを使い続けている方も多い、というのが企画の始まりでした。名作を紹介する企画も人気ですが、生き方やライフスタイルを見直すきっかけになるような企画も好評で、常に前向きに、自分自身をアップデートされている読者が多いのだなと実感しますね。

─今後、どのようなことをしていきたいですか? 抱負を教えてください。

「変えること」「変えないこと」をより丁寧に見極めていきたいと考えています。人気コンテンツは、引き続き読者の期待に応えながら、マイナーチェンジを加えることで、常に新鮮な魅力を提供していきたいですね。たとえばここ数年人気の“空港ラグジュアリー”特集は、旅の始まりを感じさせる空港という舞台で、気負わずとも輝けるスタイルを提案するものです。現実的すぎると夢がなくなりますし、非現実的すぎると読者は違和感を覚えます。その絶妙なバランスを見極めることに神経を使っています。

また、誌面においては「余白」を大切にし、読者の想像力をかき立てるような構成を心がけています。情報を詰め込みすぎず、あえて“間”を残すことで、最終的な解釈を読者の審美眼に委ねる姿勢は、これからも変わらず大切にしていきたいです。

─最後に、広告代理店に期待することを教えてください。

やはり“密なコミュニケーション”に尽きます。『Precious』はクライアントの皆さまとの信頼関係をとても大切にしており、そこには広告代理店の皆さまのサポートが不可欠です。展示会などで直接お会いする機会が多く、積極的にコミュニケーションをとらせていただいていますが、それだけで完結するとは考えていません。代理店の皆さまに間に入っていただくことで、クライアントの皆さまの真の思いや、私たちに期待している本音に気づくこともあります。読者、クライアント、そして広告代理店──立場は違えど、大切にしている価値観は本質的には同じなはず。その気持ちを共有することで、『Precious』というメディアが持つ可能性はさらに広がっていくと信じています。

池永裕子さん 大学卒業後、新卒で出版社に入社。その後、2006年に小学館に入社。念願だった女性誌編集者として『CanCam』『Oggi』『Domani』編集部でキャリアを積み、産休・育休から復帰後、20年に『Precious』編集部に配属、2024年10月、編集長に就任。一児の母。最近は、冬の沖縄旅や夏の温泉旅などの“あまのじゃく旅”がマイブームです。

Photo:Mizuho Takamura

Text:Chie Sakuma