FASHION MEDIA CHRONICLE #12 ジャーナリズムを根幹に、本質的な価値を届ける。『Esquire』日本版編集長 近藤智之さん
加速するデジタルシフト、多様化する価値観やライフスタイル。目まぐるしく変化する現代社会において、メディアの在り方も日々進化しています。変わり続けることと、変わらないこと。ファッションや美容情報を届けるメディアの「今」と「これから」に迫ります。今回は、2025年2月にリニューアルし、新体制でジャーナリズム視点でのさまざまなカルチャーを発信している『Esquire(エスクァイア)』日本版の編集長、近藤智之さんにお話を伺いました。
編集者として新たな挑戦をすべく、再び出版の世界へ
―2025年7月に『Esquire』日本版の新編集長に就任されました。改めて、これまでの経歴を教えてください。
前職はファーストリテイリングのGLOBAL CREATIVE LAB TOKYOに所属し、約4年間、ユニクロが発行する『LifeWear magazine』の編集やシーズンカタログのクリエイティブの監修を担当してきました。それ以前はライフスタイル誌『Pen』の副編集長として、ファッションや時計、写真、食、旅などをテーマに当時は年22回発行の特集号に携わってきました。

―2021年末に出版社から事業会社へ転職されていますが、そのきっかけはどんなことでしたか?
当時はコロナ禍でもあり、書店に足を運びにくい状況でしたし、メディアサイドも出版を控える傾向にありました。個人的には同時期に『Pen Online』の編集長も兼任し、サイトのリニューアルにも携わったのですが、メディア単体で読者とのタッチポイントを作り、媒体を育てていくスタイルに限界を感じ始めていました。一方で、雑誌の特集をベースに百貨店さんと協力してリアルイベントを開催するなど、従来の出版モデルとは異なる立体的な取り組みができ始めた時期でもありました。新たな変化の中で、「いずれ出版社でも、クリエイティブスタジオ的な立ち回りが増えるだろうな」と感じていましたが、業界的にはまだまだプリント偏重の考えも根強く、そこにジレンマを抱えていました。そうやって編集者の次なるビジネスモデルを模索していた頃に、ファーストリテイリングとご縁があり、「オウンドメディアを手掛ける人たちと仕事をすることで、自分が抱えているジレンマを解決できるかもしれない」と、転職に至りました。
―事業会社から再び出版業界に戻る経歴は珍しいかと思います。その決意をされたのは、どんな背景からですか?
『LifeWear magazine』は、年2回、世界26カ国で発行され、ECチームと連携して掲載ルックが丸ごと買える仕組みを作ったり、展示会とマガジンを連動させたり、シーズンテーマを軸に各チャンネルでブレない世界観を作り上げていました。ブランディングと商売の連結はメディアにいた頃はできなかったことなので、とても貴重な経験でした。もう一度、出版業界に戻る際に思ったのは、事業会社で得た知見を活かして、クライアントの求めるアウトプットとメディアを育てることの両立を目指す、ということ。あとは、『Esquire』は学生時代から大好きな雑誌で、編集者を志すきっかけをくれた存在でもありました。愛着のあるメディアで、編集者として新たな挑戦ができることも後押しになりました。自分でもユニークなキャリアになったな、と感じています。
根幹にあるのは創刊以来受け継がれる、ジャーナリズム精神

―『Esquire』日本版は、今年2月にリニューアルし、年4回の発行となっています。発行を絞った狙いはどんなところにありますか?
元々ハースト婦人画報社として、メンズの媒体を集約し、ナレッジの共有と強化を図る目的でリニューアルがスタートしました。現在、新生『Esquire』編集部には『MEN’S CLUB』で編集長を務めていた西川をはじめ、メンズ誌を熟知した編集メンバーが在籍しています。今の時代、必ずしもチャンネルをたくさん持つことが正解とは言えません。ただ、プリント以外にも『Esquire』がプロデュースするイベントやWEBコンテンツの比重も増え、プロダクションとしての側面も強くなっています。その中でプリントはブランドの根幹として、ブレない情報を富裕層にちゃんと届ける存在として位置付けています。年4回発行に絞ったのも、しっかり深くコミュニケーションしていくためでもあります。
―『Esquire』が大事にしていることを教えてください。
『Esquire』は、世界22カ国で発行されていますが、世界共通で大事にしているのは、93年の歴史の中で受け継がれてきた「Man at His Best」というコンセプト。カタログ的なスペック情報を掲載するのではなく、取材対象者の人となりや思想、こだわりやクリエイティビティなど、ストーリーテリングをベースに、物事の本質を伝えるジャーナリズム精神が根幹にあります。テキストでも、ロングインタビューを重要視し、書き手の体験がそのまま読者に伝わるような文章表現を大切にしています。

―ファッションに関しては、どのようなアプローチをしていますか?
ファッションでも、その時期に買うべきものや着こなしなど、レクチャー的なものよりも、洋服の中に潜むディテールやその背景にある作り手のストーリーを伝えることに重きを置いています。買い手の目線に終始するのではなく、読者がそのブランドの世界観や雰囲気を感じ取ってもらえる誌面づくりを心がけています。今回編集長に就任するにあたり、挨拶回りとして多くの広告主やクライアントへ伺いました。その際意識したのがブランドのフィロソフィーや、ものづくりにおける背景などをインプットすること。もちろんプロダクトも大切なのですが、ブランドが本当に伝えようとしている価値を捉えることで、企画にする際にどんな聞き手、書き手を立てるべきか、対談形式がいいのか、著名人やセレブリティの目線があるといいのかなどが見えてくるのです。
―アウトプットの背景にあるものをきちんと伝えるメディアのニーズは、今後も高まりそうですね。
プリントでもデジタルでも、ものづくりの背景やコンセプトをしっかりインプットして、企画やビジュアルに反映することは、『Esquire』日本版の独自性を出すうえで、最も大事にしたい部分です。特にデジタルでは、一般的に若い世代に長文は読まれにくいと言われていますが、ジャーナリズム×ファッションから生まれる化学反応が『Esquire』の強みでもある。地に足のついたトーンと上質なビジュアルで、そのブランドの世界への入り口を作る、そんなメディアでありたいですね。

編集者の独自性やこだわりが活きる取り組みを増やしたい
―先ほど、「プロダクション的な側面も強くなってきている」とお話されていました。具体的にはどのような取り組みが始まっていますか?
今年からスタートした取り組みですが、阪急百貨店さんが顧客様や外商の方に向けて発行しているマガジン『H THE PREMIUM MAGAZINE』の監修を『Esquire』編集部が行なっています。『Esquire』の世界観を認めていただいて、本誌同様、ストーリーテリングを意識した企画・制作をしています。『Esquire』というブランドの世界観と、編集者の独自性やこだわりが活きる立体的な取り組みは、これからも強化していきたいと思っています。

―日々さまざまな情報に触れる中で、近藤さんご自身はどのようにインプットしていますか?
デジタルやSNS、代理店の方からいただくクライアント情報などは日々キャッチアップしていますが、あえて情報を遮断することも大事にしています。休日は部屋に篭ってさまざまなジャンルの本を読んだり、映像を見たり。そして感じたことをメモに残すようにしています。インプットした情報を一旦飲み込んで、消化して、吐き出してみる。これは、編集作業を始めた『Pen』時代から意識していること。あとは、いろんな人に会ったり、展覧会やミュージアムに行ったり、アーティストに話を聞いたり。ネットには書かれていない、リアルな関係や体験でしか知り得ない情報は価値が高いと思っているので、密度の濃い対面コミュニケーションも大切にしていますね。
―最後に、近藤さんが代理店に期待することを教えてください。
昔に比べ、広告主とメディア(特に編集長)との直接やりとりが増え、密度も上がっている気がします。ですが、代理店を通して情報をいただくことで、新しい視点は持ちやすいと感じています。代理店は広告主とメディアの間で、良い意味で客観視もされていますし、イベントやプロモーションなどの知見も豊か。広告ビジネスの新たな取り組みには広告主、メディア、ユーザー、そして代理店の4つのポジションが必要で、その4つが重なったところに大きなパワーが生まれる気がします。よってこれらかもビジネスパートナーとして積極的にリレーションをとっていきたいと思っています。
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近藤智之さん 明治大学法学部を卒業後、編集プロダクション・出版社にてファッション誌・広告の編集を担当。2014年、阪急コミュニケーションズ(現CEメディアハウス)に入社。2020年、雑誌『Pen』副編集長に就任、翌年からは『Pen』オンライン編集長を兼任。2021年11月より株式会社ファーストリテイリングに入社し、GLOBAL CREATIVE LAB TOKYOのマネージャーとして、世界各国のクリエイティブチームと連携し、ユニクロ全体のブランディング向上、フリーマガジン『LifeWear magazine』の編集およびクリエイティブディレクションを担当。2025年7月よりハースト・デジタル・ジャパンに入社、『Esquire』日本版の編集長に就任。最近の趣味は湾岸エリアでルアーフィッシング。
Photo:Mizuho Takamura
Text:Yuka Sakamoto
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