YUIMA NAKAZATO 中里唯馬さんインタビュー/先人の知恵に目を向けテクノロジーを手段に使う。 対話で新たな可能性を見出すことが業界の希望に
先にご登場いただいたエシカルファッションプランナーの鎌田安里紗さんやELLEグループの坂井佳奈子さんから「今、最も注目している日本人デザイナー」として名前が挙がった中里唯馬さん。最新のテクノロジーをデザインに取り入れ、オートクチュールの新たな時代を築きあげるその背景には、業界や地球が抱える課題への解決に向けた意図があるそう。その真意とは?
進化を遂げるオートクチュール
-発表されたばかりの2021-22AWコレクションのテーマは「EVOKE:呼び起こす」。デザインソースは、宇宙船ボイジャーに搭載された、地球とは何かを未確認生物に伝えるためのレコードに録音されたクジラの“声”とのこと。
コロナ禍になり、コレクション発表もオンラインになるなど、現代社会において視覚的な情報はますます過多になる一方です。そうした中、視覚障碍の方が衣服を選ぶときに、周りの方に自分はどう見えているかを聞き、そこから頭の中で自分の姿を想像してコーディネートしているということ知りました。例えるなら、他者の声から、自分の姿が現れてくるような、そんなように思えたんです。音声は画像と違い、加工がそんなに簡単にできないため、とてもリアルなものという意味で、とても安心感がある情報だなと感じることがあります。
そもそも、その生物の骨格や積み重ねてきた人生が滲み出るという意味で、声は生き物個々のアイデンティティーを形作る要素の中で重要なものの一つです。声というアイデンティティーから衣服のデザインを創造することができたら、それは個性を尊重する究極の1点モノとして、オートクチュールの新しい扉を開くことになると考えたのです。
―声をデザインに落とし込むという技術にも驚かされました。
音声から衣服を生成するために様々な試行錯誤を行いました。特殊なデジタル加工を施すことで生地を自由に変形させることができるバイオスモッキング(Biosmocking)の技術を使い、クジラの声の周波数をもとに立体的な凹凸をつけました。これは、バイオベンチャーのスパイバー社が開発した人工合成タンパク質素材ブリュード・プロテイン(Brewed Protein)™の水に浸すと極端に収縮するスーパーコントラクションという性質を利用した技術なんです。
―スパイバー社とのコラボレーションがさらに進化したということですね。
そうですね。スパイバー社との出会いは私にとってとても大きな意味を持つものでした。もともと、自分の中でテーラーメイドというものをより多くの人に届けるにはどうしたら良いのかと、ソリューションとなるテクノロジーを探していました。そんなときに出会ったのが代表を務められている関山和秀さんでした。同世代で、地球の未来を、どうしたら平和な世界にすることができるか、それぞれ異なる視点で取り組みながらも共通のビジョンがありました。双方の力を合わせれば、きっと自分たちの思い描く未来をカタチ作ることができると意気投合したことがコラボレーションの発端です。
―今回のコレクションでは、他にもビンテージレザーウェアを使用したり、ジェンダーや体型、年齢など多様な身体を包み込むフォルムを意識するなど、SDGsにもつながる取り組みが見受けられます。
破棄される寸前のレザーをTYPE-1(※針と糸を使わない特殊な付属で衣服を組みたてる、YUIMA NAKAZATOが開発する衣服のプロダクションシステム)で組み合わせることで、できる限りバージンマテリアルの使用を抑えながら、アップサイクルしました。
これまでスパイバー社と開発してきた技術、バイオスモッキングもさらに進化することができました。これは、長方形の布をどこも切り落とさずにまとうことで無駄を生まない日本の着物と身体のカーブに合わせてテーラリングする西洋の技術を複合させることで、環境負荷も少なく、それでいて着る人の個性に合わせて1点もののデザインを届けることができる、新しい服作りのメソッドです。
―日本の伝統的衣装でもある着物からも着想を得ていたのですね。
着物は昔から興味を持っていて、それこそ、高校のときに着物をリメイクしてドレスを作ったこともあります。一枚の反物から衣服を作り、生地を長く大切に使ってきた先人の知恵がどれだけサステナブルでどれだけ優れていたか。そうした着物が持つ哲学と最先端のテクノロジーを組み合わせて、次の時代のオートクチュールを実現させたいと考えています。コレクションで発表しているパッチワーク構造のTYPE-1も、生地の形状を自由に変形させるバイオスモッキングも、こうした先人たちのフィロソフィーから生まれたのです。持続可能なファッションのあり方にも通じるものがあるのではないでしょうか。
作り手と着る人の距離をもっと近づけたい
―個人が持っている服をオンラインでの対話を通してデザインし直してお届けする「Face to Face」は、アップサイクル的観点からも話題になりました。
元の服が大量生産で作られたものでも、それをまとい、時をともに過ごすことでその服は持ち主にとって唯一無二のものになります。「Face to Face」では、対話を通して、その服を着て出かけた思い出などを伺い、デザインのヒントにしていきます。思い出をデザインで可視化し服に乗せることで服の価値がさらに深まる。「Face to Face」を通して、その服の過去と現在、そして未来をつなげていくことができたら嬉しいなと思っています。そもそも、一般的な服作りは、一方的にこちらの想いやストーリーを伝えることに留まっているのが現状です。そうではなく、着る人の思いも反映し、双方向の関係性を築いていく。私が考えるこれからの衣服の在り方は、作り手であるデザイナーと着る人の距離を近づけることにもあります。
―SS2021コレクションは、義足モデルのローレン・ワッサーさんとの対話から構想が始まったとのこと。
ローレンさんはモデルとして活躍する途中で両足を失い、義足をつけて再びランウェイに戻ってきた方です。ハイヒールも履けるゴールドの義足を付け、「私自身が未来なのよ」と誇らしげに語る姿や、困難を経ても自身のキャリアを継続し続け、そして同じ困難を抱える人をサポートしたりと、彼女の勇気あるアクションに心揺さぶられました。そんな彼女が愛し、パワーをもらっているという海や自然から発想を得た色彩や形状をブリュード・プロテイン™にプリントして、バイオスモッキングで制作したTYPE-1を使って組み合わせて、彼女の身体に沿うクチュールピースを制作。そして、足もとには彼女のアイコンであるゴールドの義足に調和するシューズも。対話から生まれるデザインやスタイリングはきっとファッションの未来につながる。そう確信できました。
―作る側、着る側の距離が近くなれば、オートクチュールやオーダーメイドというものの敷居も低く感じられそうです。
オートクチュールをもっと身近に感じてもらいたいと思ったとき、参考にしたいと浮かんだのが美容室でした。美容室は、完成度の高いオーダーメイドサービスだと思うんです。希望を聞きつつ、その人の髪質や雰囲気、好みに合ったスタイルをわずかな時間で完成させる。美容室のサービスが確立しているのは、お客さまと美容師の信頼関係が根底にあるんですよね。あのビジネスモデルをファッションでできないかなと。服を生産するにはコストと時間がかかる。そこで、人と人の対話は残しながら、それ以外の衣服をつくる工程を進化させていけば、美容室のように誰でも気軽にオーダーメードの衣服を購入できる未来が実現出るのではないかと考えています。SDGsに関わることもそう。対話をすることでソリューションを生み出していく。情報過多な今の時代は、実際に感じることや相手を思いやること、倫理観を持つことがとても重要になってきます。だからこそ、現実を見るだけでなく、先人の知恵に目を向け、さらにテクノロジーで未来を切り開く。そうすれば、ファッション業界も私たちの住む社会もきっと明るい未来を築けるはずです。
―常に新しい取り組みに挑戦し、業界に刺激を与えてくれる中里さんが考えている、今後の展望とは?
何か新しいものを世の中に届けるには、時間がかかるものですが、早くバイオスモッキングを活用した商品を市場に届けたいと考えています。乗り越えなければならない課題は山積みですが、一つ一つ乗り越えていきたいです。そして、新たなプロジェクトとして、環境省とVOGUE JAPANと共に未来のデザイナーを育成する「FASHION FRONTIER PROGRAM」を創設しました。多くの環境負荷をもたらすとされるファッション業界は今、変革の時を迎えています。そうした中で、夢や希望を持てるような教育の場を作り、志のある方にチャンスを提供したいと考えたのがきっかけです。アワードの審査員には、建築家や研究者、そして宇宙飛行士まで、異業種の方たちにもご協力頂いています。專門も価値観も世代も異なる人々をプログラムに巻き込み、いろいろな領域をブリッジし、コミュニケーションでつなげるのもこのプログラムの目的であり、そして私の役目だと思っています。未来のファッションデザイナーを発掘し、育むことが業界だけではなく、社会全体がよい方向へ向かう原動力になる。そう信じ、自分もその一端を担っていきたいと考えています。
1985年生まれ。2008年、ベルギー・アントワープ王立芸術アカデミーを卒業。2016年、日本人として森英恵氏以来、史上2人目となるパリ・オートクチュール・ファッションウィーク公式ゲストデザイナーに選ばれ、コレクションを発表。その後も継続的にパリでコレクションを発表し、テクノロジーとクラフトマンシップを融合させたものづくりを提案している。
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