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「歴史は過ぎ去ったものではなく、未来への起点」人を潤わせる仕事、美容師が社会を潤わせるためにできること TWIGGY.主宰・松浦美穂さん

Fashion × Sustainabilityをテーマに、ファッション業界で活躍するトップランナーの方々とファッションの未来や可能性、これからのビジネスのヒントを探る連載企画。ヘアスタイリストとしてのサロンワークを行いながら、雑誌や広告のヘアアーティストとしても活動されている松浦美穂さん。ご自身が率いるヘアサロンTWIGGY.(ツイギー)は多くのモデル、俳優、クリエーターたちが足繁く通うパワースポット。ヘアサロンとしての機能はもちろん、頭皮と髪を有機的で健やかな循環へと導くためのヘッドスパ、旬のオーガニック食材を使ったTWIGGY. cafe、屋上のルーフトップガーデンでは四季折々のハーブや野菜を育て、ソーラーシェアリングやコンポストも展開されています。さらに「樹木を育てるように髪の毛を育む」をコンセプトに、頭皮力を高めて健やかな美しい髪を育むためのオリジナルプロダクト「YUMEDREAMING」の開発も手掛けられています。多岐に渡りサステナブルなライフスタイル提案を実践されている松浦さんに、お話を伺いました。

不況真っ只中のロンドンで覆った“かっこいい”の定義

―松浦さんはファッションや美容業界の最前線で活躍されておりますが、再生可能エネルギーやヘアドネーションなど、サステナビリティに関わるプロジェクトにも積極的な印象があります。そのきっかけはなんだったのでしょうか?

よく聞かれるのですが、やっていることは昔から変わっていないんです。TWIGGY.をはじめて今年で34年になりますが、強いて言えばTWIGGY.を始める前、1980年代後半に2年ほどイギリスのロンドンに住んでいたのですが、その際に出会ったカルチャーが第一回目の原点回帰でしたね。それまではバブル全盛期の日本で、六本木の美容院で働き、夜は遊びまくる日々。お酒も社交も好きな方ですが、当時は仕事を取るために無理やり外に遊びにいくみたいな風潮があって、それがなんかいやらしく見えて疲れちゃった。そういう仕事の取り方じゃなくて、自分のカットやスタイリングの腕を信じてもらえないとお客様とエネルギーが交換できない気がして。それで全て辞めて、ロンドンに行ったんです。

当時のロンドンは日本とは真逆の不況真っ只中。私も全然お金がなかったんですが、カムデン、エンジェル、コベントガーデン、ケンジントンエリアの人たちは、お金がなくてもスタイルのあるパンキッシュな人たちばかりで刺激的でした。いわゆるロック系や、エッジーでおしゃれな人たちだったのですが、植物療法や健康にすごく気を使っていて、パンクな精神とオーガニックなライフスタイルが共存していて驚きました。それまでは健康を害するのがファッションだ!モダンだ!と思っていたけど、全然違った。そういうカルチャーに触れることで、自分のことを見つめ直す機会になりました。なぜ自分は古着が好きなのか?なぜスウィンギングロンドン(1960年代におけるファッション、音楽、映画、建築などにおけるロンドンのストリートカルチャー)がかっこいいと思っていたのか?自分が目指したいカットやヘアスタイルはなんなのか?など、その答えが少しずつ見えてきた気がしていました。

―ずばり、その答えとは?

私は歴史や伝統が好きなんだ、って。歴史というか昔から続く“根っこ”があるものが好きで、過去と未来、全てつながっている“サーキュレーション”の中で、それを現代にアップデートすることがやりたいんだと気づいたんです。古着も昔の人が愛した服ですよね。歴史があるってことは、残る理由があるってこと。当時、夢中になったジャン=ポール・ゴルチエもヴィヴィアン・ウエストウッドも、モダンだけじゃない魅力がありました。刈り上げのショートカットに、ワイヤーの入ったクラシカルなビスチェやバルーンスカートにドクターマーチンを合わせるとかが当時はすごくクールに見えた。建物も1800年代に建てられたものがたくさんあって、それを若者たちがリノベーションしているのが、すごくかっこよくて。でも壁がボロボロ崩れたり、ちょっとカビ臭かったりもする。そういうのが好きなのか?と聞かれれば違った。昔から続く美意識や知恵などを現代のライフスタイルに昇華させる、それをヘアスタイルとしてカタチにしていきたいんだ!と。

古いものは過去ではなく、起点

―まさに温故知新の精神ですね。

それはモロッコやキューバ、ブータンの旅でも感じたことなのですが、プリミティブで不便の中にもその土地に根付いた文化や知恵があり、その上に人それぞれの“豊かさ”があるんです。その豊かさに魅せられ、居着いちゃう方もいますが、私は不便こそ豊かだ!とまではなりませんでした。むしろその気づきを東京に戻ってシェアしたい!と。あと、やはり私はヘアスタイルをつくり、その人のライフスタイルをサポートしたいんだという想いにブレがなかった。母親が美容師だったということもあると思います。美容院に来た白髪混じりの近所のおばちゃんが、美しくなって颯爽と出ていく姿はまるで、フランス映画の女優のようでした。こんなにも人を潤わせる仕事はない!私はそれがやりたい!その想いは今でも全く変わってないですね。

―“人を潤わせる仕事”、素敵ですね。

ファッションや美容は表面的なものではありますが、洋服を着替えただけでは隠せないものもあって、ヘアスタイルも何かを隠すためじゃなくて、自分を潤わせるためにやるものだと思っています。いつも同じカットで整っていればいいでしょ、という方もいらっしゃいますが、私の場合は常にそこに少し“変化”と“輝き”を加えたいし、その人らしさを入れたい。その人がまだ出会っていない“自分らしさ”に出逢わせて驚かせたい。そして自分の魅力に気づいてもらいたい。もちろん「切らないでいいって言ったのに、こんなに切ったの!!」と怒られたこともありますが(笑)。

外見ではなく、目に見えない部分からアプローチする

でも本当の意味で“綺麗な髪型”をつくるためには“綺麗な髪”が必要なんです。本質的に美しい髪をつくるためには健康な頭皮・毛根が必要。逆に言ってしまえば、それさえあれば髪はいくらでも生えてくる。ヘアスタイルはトレンドやそのタイミングの気分で好きに決めればいいけど、頭皮は一生付き合っていくもの。なによりも大事なのは頭皮。そのために食べるものや生活習慣、メンタルヘルスにも気を遣いましょうね、ってことなんです。ヘアスタイルをつくるために、ライフスタイルにもアプローチする。それはロンドンで学んだことでもあり、TWIGGY.で30年以上実践していることですね。

―松浦さんはこの15年ほど米づくりにも関わられていると伺いました。それもその一環なのでしょうか?

それもよく聞かれます(笑)。「美容師がなんで米づくりしてるの?」と。でも一見まったく違うことのようで私にとっては同義なんです。髪型づくりで大切なのは頭皮であるように、米づくりで大切なのは土です。まず初めは3年ぐらいかけて土づくりをしました。ぶくぶくと自然発酵する微生物たくさんの良質な土ができた時は感動しましたよ。いい米をつくるためにいい土をつくる。そのために農薬は使わない、など美容にもつながる発見がたくさんあるんです。もちろん本業はサロンワークなので、米農家さんのお手伝いをさせていただいているというレベルですが、田植えや稲刈りにはサロンのスタッフも連れていっています。

美容師としてできることをコツコツと

―まさに美容師ならではの視点ですね。

美容院では1200wのドライヤーを常時使用しますし、パーマ剤やカラー剤も使います。じゃあそれを地球環境のために一切使うな、となると美容が持つ高揚感や楽しさを制限することになります。欲望や快楽は人間に与えられた特権。それを謳歌しつつ、地球で暮らすために、使う電力をできる限り再生可能エネルギーにしようとか、開発するヘアプロダクトもできる限り天然素材を使い、容器も生分解性の高いものを使おう、となるのは私にとってはごく自然な流れなんです。ただ現代社会において、石油を全く使わないというのは難しい。髪の毛は細胞が死んでしまっているので、シリコンなどを使わないとツルツルに戻すことは難しいのです。でも最近は植物由来の成分でもツルッとした感触を生み出せるようになってきていますし、バイオマスボトルに限らず、環境にやさしい素材も多く出てきているので、その進化を実際にプロダクトに落とし込んでは、試行錯誤しています。

―実際に作ってみるのはすごいですね。

便利すぎなくていい、でも不便ではだめ。そのバランスとるためには、まずやってみるということが大事なんです。でも、そうやって実践していると思わぬところから「いいね!」とか「こういうのもあるよ!」と教えてくれる方々が現れたりします。特にここ10年は美容やファッション以外の業界の方々とつながることが多くなりました。エネルギーや農業や行政など。他業種の方とお話しすると新しい学びにつながり、その要素を改めて美容業界に返すことができると感じています。昔から脈々と続いてきている知恵の上に、現代のテクノロジーが加われば新しい未来がやってくるはずです。それはより美しく、楽しい未来を創り出すためのプロセス。その過程で気づいたことを今後も業界内外にシェアしていければと感じています。

髪の毛がつなぐ明るい未来とその可能性

―髪の毛でできる社会貢献、というヘアドネーションもTWIGGY.では昔から提唱されていたと伺いました。ここ数年でヘアドネーションもだいぶ普及した気がします。

ヘアドネーションもかれこれ15年ほど前から関わらせていただいています。自分の髪がウィッグを必要としている誰かのためになる。特に若い子たちがその体験をしてくれているのは素晴らしいことだし、そういう子達が大人になった未来を想像すると、心強いですよね。他にも児童養護施設の子どもたちにヘアカットやパーマ、カラーを無償で提供する『BEAUDOUBLE(ビューダブル)』という活動もしていますが、そこでもヘアドネーションは一般的になっています。誰かの喜ぶ顔を想像することで感じるポジティブな気持ちは、人間が持つ本能的な感情なのだと思います。

―ヘアドネーションの他に、最近注目されていることはありますか?

ヘアマットですね。ヘアマットは人間の髪で作られたマットで、人の髪は油を吸収しますから、その性質を使って海に流れた重油などを吸うためのものです。私がその存在を知ったのは数年前にモーリシャス近郊で日本の貨物船が座礁した事故でした。海に流れてしまった重油を、現地の方々はじめ、各国がいち早くヘアマットを投入したって話を聞きました。調べてみると、その活動を日本でもやっている方々がいて、すぐに連絡をとりました。でもまだまだ日本では普及しておらず、ヘアマットを作る機械もアメリカから輸入しているらしいのです。さらに人手も足りていない。これはまさに美容師として関わるべきことだと感じ、サロンのスタッフたちも何度もヘアマットづくりをお手伝いしに行っています。さらに、その油を吸ったヘアマットを土に返すことができないかと、土の研究をされている方々ともお話ししています。

―すごいバイタリティーですね。

繰り返しになりますが、私は美容師なので、人と人をつなぐ、というだけです。でも髪の毛を生業にしている身として、毎日のように床に落ちている髪の毛を見て、これをどうにか有効活用できないだろうかと考えています。今、地球で起きている環境問題を引き起こしているのは間違いなく人間。その人間が生み出す髪の毛を循環できれば、大きなサーキュレーションをつくれるんじゃないかって。髪の毛はタンパク質でありミネラルでもあるし、断熱材としても使えるだろうし、その可能性は無限だと思っています。

次世代の美容師に伝えていきたいこと

―まさに美容業界を背負ってサステナビリティに貢献されている印象です。

いえいえ、とんでもない。恐れ多くて、それは結構です(笑)。結局私はひとりの職人であり、ひとりのプレーヤーでいたいんです。とにかく1対1でお客様と向き合い、ヘアサロンという場所で一人ひとりのヘアスタイルをつくり、その人らしいヘアスタイルをデザインすることが本当に好きなんです。この歳になってわかったのですが、目の前のお客様が喜んでくださるたびに、自分の感性が一歳ずつ若返る気がするんです(笑)。60歳という年齢を超えてもまだまだ成長したい、と思っている自分がいる。

―まさに生粋のクリエーターですね。

でも美容師ならではの視点や、ゴミを出さない姿勢とか、脈々と続いているトレンドのバトンをつなぐとか、そういうものを次世代にもちゃんと伝えていきたいと思っています。土を知ることで頭皮を知る。自分たちがデザインしている髪がどこからきて、どこにいくのか。その意味やプロセスを知った上で、ヘアスタイルにエッジをかけていく。それは単純に見た目だけかっこいいものを作るということとは似て非なることなんです。

美容業界ではよく言われる “お客様に寄り添う”って、ただ優しくするだけじゃない。都合の良い美容師になってしまうと、便利屋さんになっちゃう。それが悪いわけではないのですが、少しでも自分はこういうことがやりたいんだ!という意思を持っているのであれば、一度便利屋さんになってしまうと後々行き場がなくなるんです。そういうスタッフを作りたくない。そうなるとちゃんと見れても20人が限界。サロンを増やさない理由のひとつでもあります。

水をあげ続けないと、花は咲かない

TWIGGY.には“Your Sanctuary”という副題をつけているんですが、直訳すると“あなたの聖域”ですが、ニュアンスとしては“Bird Sanctuary”、鳥が羽を休める場所という意味をこめています。TWIG=小枝が集まった森のような場所であり、疲れたり、傷ついたり、リセットしたい時においでよ、と。ヘアスタイルが気に入って、なんだか気持ちまで軽くなってまた明日から飛び立てる!と言ってもらえるような場所でありたいですね。

―まさに街のパワースポットですね。

美しい話に聞こえると思いますが、もちろん毎日楽しいことばかりではないですよ。でも、美容師って本当に素敵な仕事。人の心を潤わせるために、見た目も中身も、髪も頭皮も、お米も土も、歴史も未来も、地球と人も、ひとつの大きなサーキュレーションを捉えることができる。その視点が、私たち美容業界といろんな業界をつなぐツールになればいいなと。そんなささやかなビジョンを持って、日々、目の前の人と頭皮と髪と真摯に向き合っています。

と、さんざん偉そうなこと言って、本当に私は毎日きちんとやれているの?と自問自答したりしますが、そういう目標って口に出さないと現実になっていかない。もちろん、スタッフ全員をそういうふうに育てられたかと問われれば、胸を張れない部分もありますが、ビジョンは言葉に出して、言い続けるようにしています。植物に水をあげるように(笑)。水をあげないと植物は育たないし、綺麗な花は咲かない。でも、あげすぎると枯れてしまうので、そのバランスを大切にしながら、たとえ疎まれても伝え続けていくつもりです。

松浦美穂さん TWIGGY.主宰 / YUMEDREAMINGクリエイティブ・ディレクター。 美容師、ヘア&メイクアップアーティストを経て、1988年に渡英。帰国後、1990年にヘアサロンTWIGGY.をオープン。ヘアスタイリストとしてのサロンワークをベースに、雑誌、ウェブ、広告、ショーなどのヘアアーティストとして活動するほか、映画、ドラマ、舞台のヘアディレクションも手掛ける。自分自身が持つ本来の力を引き出し、頭皮力を高めて、健やかな美しい髪を育むためのプロダクトの開発にも力を注いでいる。2011年、TWIGGY.発のオリジナルのスカルプ&ヘアケア/ヘアスタイリングブランドYUMEDREAMINGをローンチ。

Photo: Takuya Maeda (TRON)