「工芸は日本古来のサステナブルなものづくり産業」全国800のメーカーとともに紡ぐ“当たり前”をスタンダードに 中川政七商店 千石あやさん
Fashion × Sustainabilityをテーマに、ファッション業界で活躍するトップランナーの方々とファッションの未来や可能性、これからのビジネスのヒントを探る連載企画。「日本の工芸を元気にする!」を企業ビジョンに、日本全国の工芸メーカーと協業した生活雑貨を取り扱う中川政七商店。もともとは300年以上前に奈良で高級麻織物の奈良晒(ならざらし)の卸問屋として創業されました。長年、日本のものづくり産業と真摯に向き合う同社14代目社長千石あやさんにサステナビリティについてお話を伺いました。
日本各地に根付いている土着文化と風習のかたち
―改めて、御社の事業内容をお教えいただけますか?
もともと麻織物の卸問屋として創業した弊社ですが、現在は主に製造小売と産地支援からなる事業を展開しています。生活雑貨を扱う製造小売事業では、自社工場を持たず全国の職人さんたちと共に協業した商品を、国内60店舗以上の直営店と自社ECで販売しています。産地支援事業では、同業界の経営コンサルティングとして、ものを売るという視点だけではなく、ブランドをつくるという視点で、経営から製造、流通までの一貫した支援。その他には流通支援としての合同展示会の実施など、「日本の工芸を元気にする!」というビジョン実現に向けて多角的に取り組んでいます。
―日本古来のものづくりに300年以上も携わられている。それだけで十分、サステナブルですね。
ありがとうございます。でもサステナビリティはものづくりに限らず、現代においてはすべての企業が当たり前にやらなければならないものになりました。弊社でもプラスチック素材の包装などを減らすなど実践してきましたが、そもそも工芸という産業そのものに無駄が少ないんです。自然素材を使い、無駄なく、工夫しながら暮らしの道具を作ってきたのが工芸なので、昨今問題となっている大量生産・大量廃棄とは、もともと成り立ちが違うという背景があります。
―そもそも工芸そのものがサステナブルだったということですね。
職人の手仕事がベースになっているので、過剰に生産できないという性質もあります。メーカーさんに今年100個売れたので来年は200個作ってください、とお願いしても「できません」と返答がくる世界なので(笑)。弊社でもだいぶ前から在庫焼却などは行なっていませんし、ありがたいことに、ほとんどの商品が目標の消化率を超えているので、セール期間も安くして販売するものがない、というのが実際のところです。
とはいえ、直営店のほとんどが商業施設の中に入っているので、館全体で行うセール期間や福袋商戦などは毎回頭を悩ませています。お客さまに喜んでいただけるための企画を展開することも大切にしつつ、商品の値段を下げることは、作り手の生業に直結してしまうので、そこは守らないといけないと思っています。
―現代のいわゆる一般的な流通・小売業の販売サイクルとはマッチしきらないということですね。
昔は流通が今ほど発達していませんでしたので、必然的に作り手と使い手の距離が近かったということもあります。工芸はそれがベースになっているので、昨今のサステナビリティの流布に伴い見直されている「無駄に作らない、無駄を出さない」ということは、そもそも工芸が内包していたプロセスなので、あえて声高にうたうことでもないな、と思っています。でも一方で、そんな無駄のない工芸のあり方が世の中に知られていないという事実でもあり、弊社にとっては課題ですね。
日本製のものを長く、大切に使うこと
―他にもサステナビリティの潮流と工芸の接点を感じることはありますか?
例えば、最近だと“金継ぎ”がブームになっていますよね。金継ぎは壊れたものに手を加えてものの寿命を長らえ、さらにそこに美しさや愛着を追求するという、まさに日本古来の美意識を体現しているものです。弊社では以前から長く大切にものを使うことを提案していますが、最近はその需要が急速に高まっていると感じます。あとは、私たちが工芸を説明する際、よく“たたずまいと使い勝手が同居している”と表現しますが、それは昨今のプロダクトデザイン界でよく耳にする“デザイン性と機能性の融合”とほぼ同義ですね。
―世の中のトレンドが工芸に追いついてきた、ということでしょうか?
それは恐れ多いですね。でも正直、SDGsやサステナビリティという言葉が出始めた頃は、それは工芸がずっとやってきたことなので「絶対使いたくない!」と意地を張っていましたね(笑)。今となっては一周回って、「工芸ってサステナブルなんですよ」と言った方が伝わりやすくなっているな、と感じています。
―たしかに工芸と聞いてすぐにパッと商品が浮かんだり、サステナビリティとつながるイメージを抱く方は少ないかもしれませんね。
工芸の魅力をどう伝えたら世の中に伝わるんだろう、と日々考えています。少し話がずれてしまうかもしれませんが、そのひとつのきっかけになるかもしれないと思っているのが、弊社の前社長で現会長の中川政七が発足した『PARaDE(パレード)』です。
地球にも、経済にも、自分にも、いいことを
『PARaDE』は、これからの時代に求められる「いい会社」について考え、実践する企業の集まりです。そこで定義している「いい会社」の条件が3つありまして、まず利益がちゃんと出ていること。次に、世の中や社会のためにいいことができているかという「社会共通善」。そしてもうひとつが、志や哲学など、自分たちが信じることを実現できているかという「個別善」です。世の中のためにも、地球のためにも、自分たちのためにもいいことを目指し、同時にちゃんと利益を上げるというのが、これからの企業活動の中核になってくると思っています。弊社でも「日本の工芸を元気にする!」というビジョンと利益は常に51対49。常に均衡するけど、必ずビジョンが勝つ。でも利益もそれぐらい大事だよ、と話しています。
―自己実現とビジネスの両立。言葉でいうのは簡単ですが、大変なことですよね。
同じような想いを持つ仲間を増やしつつ、より客観的な指標として、社会や環境に配慮しながら利益と公益を両立できる企業に発行される国際的な民間認証制度の取得にも動きだしています。その申請過程において細かく審査を受けるのですが、その中で大きな学びになったのが、私たちの「日本の工芸を元気にする!」というビジョンが“地域性の保全に貢献している”という評価をいただいたことでした。地域の文化や風習を守るということも、サステナビリティの一環であり、私たちもその一端を担っていると確信できたのは、とても大きな収穫でした。
―企業のサステナビリティへの関わりが、就職先選定に大きく関わるということも、もはや常識になってきました。
その通りですね。特に最近の若い世代は就職先を決める際だけでなく、普段の買い物でもその企業やブランドが環境にどれだけ配慮しているかをフラットに見るようになっています。製造背景や企業姿勢に共感できなければ、安くても買わない、と聞きました。
世界から注目される日本のクラフトマンシップ
―ファッションの世界でも生産プロセスの見直しや職人を守る姿勢を打ち出すメゾンも多くなりました。
海外の世界的ラグジュアリーブランドさんが職人を守る施設を作ったというお話を伺いました。しかもそれが他のメゾンの職人さんたちにも開かれた施設だと聞いて、素晴らしいなと感銘を受けました。私たちも具体的に「300の産地を守ろう」と掲げています。現在、国が指定している伝統工芸が240品目ほどあります。ということはそれ以外にもあるということなので、「300」としています。そもそも他国から見れば、この小さな島国に300もの工芸があるということが驚異的なことなのです。その上で、弊社では国内に約800社のメーカーさん、職人さんとのネットワークを持っています。私たちにとっては当たり前なのですが、これが世界から見たらとても稀有で価値のあるものなのだと感じています。
最近、ヨーロッパで活躍するプロダクトデザイナーさんとお話しする機会があったのですが、その方はよく同僚のデザイナーから「日本でこういうものを作れないか?」と相談を受けるそうです。どうやら、それを作れる職人はもうヨーロッパにはいない。いるとするなら日本ぐらいだ、と。また、海外のデザイナーさんたちは日本の文化や歴史をよくご存知で、日本のものづくりに対するリスペクトがすごく高いともおっしゃっていました。私たちが日々向き合っている工芸が、そのクオリティだけでなく、プロセスも含めて、今、世界に求められているものなのかもしれないな、と感じています。
―日本の工芸を元気に、そして世界に、ですね。
まさにそれが今後の目標ですね。これまでは日本国内にフォーカスしていましたが、もう少し世界を視野に入れていきたいですね。でもそれは端的に海外出店ということではなく、例えば、日本でかろうじて残っている手工芸を世界のクリエイターがどう解釈するのか、そのプロダクトには何が日本独自のものとして現れるのか、そういうことに興味がありますし、そうやってできた今の工芸は海を越えてフラットに世界に伝わっていくのではないかと思っています。
―確かに、日本でものづくりをしたいという海外の方にとって、御社のネットワークは心強いですよね。
今、日本には小さいメーカーさんがたくさんいらっしゃって、全体的にデザインやクリエイティブの質も上がっていると感じています。その素晴らしいプロダクトたちを束ね、“日本の暮らし”として“かたまり”で見せるのが私たちの役目。自社の製造工場を持たないファブレス企業として、その役目をちゃんと担っていきたいと思います。工芸と世界をつなぐコンダクターのような存在になり、いいものを作り、その工程で泣いている人がいない、サステナブルなものづくり産業を盛り上げていきたいと思っています。
千石あやさん 香川県生まれ。大阪芸術大学を卒業後、大手印刷会社に入社。デザイナーや制作ディレクターとして勤務後、2011年に中川政七商店に入社。生産管理、社長秘書、商品企画、コンサルティング、ブランドマネージャーなどを経て、2018年に中川政七商店、代表取締役社長14代に就任。愛犬の「福ちゃん」と過ごすのが至福のひととき。
Photo: Akira Mori
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