JOURNAL

エシカルファッションプランナー鎌田安里紗さんインタビュー(後編)/問題に向き合い、正直であること。それが選ばれ、価値ある企業の条件に

SDGsについて、ファッションに関わる企業や人はどう取り組むべきなのか。どんな意識を持ち、どう行動することが地球の未来、ファッション産業の未来を切り開いていくことができるのか。そのヒントを探るべく、さまざまなジャンルで活躍する方にインタビュー。モデルやエシカルファッションプランナーとして幅広く活動続けている鎌田安里紗さんに話しを伺う後編は、「企業としてできること」がテーマ。業界が抱えている問題との向き合い方、SDGsに関するアクションへのつなげ方について語って頂きました。

「しょうがない」では済ませない新たな価値基準

―SDGsの観点から、日本のファッション業界はどんな課題を抱えていると思われますか?

“何が問題か”を把握しきれていないというのが問題かなと。これは日本に限らないですし、一社で解決できることではないと思います。ファッション業界ってサプライチェーンがとても長いですよね。原糸を作るところから始まり、その糸を加工し、染色し、生地をつくり、縫製し…。そのなかで、過剰労働や低賃金、土壌や水質汚染、二酸化炭素の排出量などさまざまな問題が発生しているわけです。でも、製造・卸・小売が分業されていてサプライチェーンが分断されているこの業界では、どこでどんな問題が起こっているのかが見えづらい。逆を言えば、製造過程で発生している問題やリスクを知らずしてモノを売ることができてしまう。ですから、いざSDGsの取り組みをとなったときに、「再生素材やオーガニックコットンの使用といった素材のチェンジは始めやすいですが、ものづくりの末端の現場で働く方々の労働環境や、生産と消費のペースの見直しなど、抜本的なチェンジを進めるには相当な時間と労力、そして多様なセクターの連携が必要になると思います。生産過程や廃棄の課題もありますが、そもそも、自分たち自身も働きすぎといった問題を抱えているかもしれませんし。これが業界の仕組みだから「しょうがない」と思っていたことも、実はみんなが変えても良いのでは?と思っているかもしれない。であれば、本当に変えていくにはどうすれば良いかを考えアクションしていくタイミングですよね。そうした変化に向けてアクションする企業の姿勢は、お客さんからも信頼を得ていくのだと思います。

―ビジネスとして効率化や利益率が重視されがちななかで、それ以外の価値もある。そこから考え直してみるのも必要なのかもしれませんね。

そう思います。そもそも、価値の評価軸も時代によって変わっていくものですよね。たとえば、戦後、モノがなかった時代の人にとって重要なのは、みんなにモノが行きわたるようにすること。ところが、モノが飽和した時代に生まれた世代は「そんなにいらないでしょ」という感覚を持つ。つまり、生まれ育った時代の中で価値観は無意識のうちにインストールされるもの。だからこそ、今、世の中にいる人それぞれが違った価値観を持っていることを前提に、これから先の時代を見据えた新たな評価軸を考える必要があると思います。

国際的潮流に乗るだけではなく日本からも提案を

―鎌田さん自身は環境省への提言「サステナブルなファッションの促進に向けた提案」など、積極的な活動を行っています。

世界各国の動きを見てみると、フランスでは在庫や売れ残り品の廃棄を禁止する法案が成立するなど、サステナビリティへの取り組みが本格化しています。日本でも!と言いたいところですが、変化を起こそうとしている人々の後押しになるのはどんな仕組みなのか。日本のファッション業界内部にいる人々から見て、サステナビリティに関する取り組みを推進する過程で何がハードルになっていて、各企業単位でどうにもならない課題は何か、整理する必要があります。そこで、『VOGUE JAPAN』編集長の渡辺三津子さんや、ファッションジャーナリストの生駒芳子さんらからも賛同頂き、サステナビリティ向上のための、日本のファッション業界における共通の指標づくりとそのためのワーキンググループの設置を求める提言書を提出しました。

―エシカルファッションプランナーとして本格的に活動をはじめたのはその頃でしょうか。

はい。2015年にファッション誌が相次ぎ休刊になり、専属モデルとしての活動もいったんお休み。そこで、ブログやtwitterなど個人のメディアを活用して労働環境や環境汚染、動物福祉的な問題など、フェアトレードやエシカルに関する情報をそれまで以上に積極的に発信しはじめました。

―業界からの働き掛けで政府が動き、業界のみならずより多くの方たちに産業や消費のあり方を見直してもらうことができたら、それがいちばんですね。

はい、そのためにも企業を超えて議論できる環境づくりが必要だと思います。できれば、大手企業さんだけではなく、中小企業、また縫製を始めものづくりの現場など、多様な声が聞かれることが重要です。そこを環境省にプラットフォームとなっていただき、業界内で繋がっていけたらと。現在は、2020年秋に発足した環境省「ファッションと環境タスクフォース」と、企業の方々との意見交換会が定期的に行われています。

―鎌田さんがこれまで出会った中で、印象的な取り組みを行っているファッションブランド、企業があれば教えてください。

サステナビリティ先進企業の筆頭としてはやはり「パタゴニア」でしょうか。ホームページにも、自社が所有している施設やサプライチェーンに関する情報が公開されている他、環境的・社会的により良い方法を常に模索しながら、高い目標を掲げ、チャレンジされています。最近は「リジェネラティブオーガニック」や「WORN WEAR」の取り組みに注目しています。繊維商社の豊島株式会社では、農場までトレーサブルなオーガニックコットン「TRUECOTTON」や、国際NGOのWWFとパートナーシップ契約を締結した水リスクに関する調査など、消費者には伝わりにくいけれども重要な領域に取り組みを広げている印象です。他には、「YUIMA NAKAZATO」。パリコレに公式ゲストデザイナーとして参加するなど、世界的に脚光を浴びている中里唯馬さんによるブランドです。中里さんは、山形県鶴岡市にあるバイオベンチャー、スパイバー社と提携し、サステナブルな素材を用いたオートクチュールを提案。現代における衣服はどうあるべきかという根本的な問いから思考を重ね、テクノロジーとクラフトマンシップの融合で美しい服をつくり、ファッション業界に新たな道筋を示していると感じます。

―いずれのブランド、企業も地に足のついた考えを持ち、本来の事業とSDGsにつながる取り組みを行っていることが分かります。

ファッション業界が内包する問題を直視しつつ、自分たちなりの問いを持って、具体的な取り組みを展開されていることに尊敬の念を抱きます。イメージのよさそうな文言を並べて、具体的には何をしているんだろう?と感じさせてしまう企業さんは信頼を落としかねないですよね。これからの課題も含めて情報を共有してくれる正直な企業さんに惹かれるお客さんは多いのではないでしょうか。

一人ひとりが感じているモヤモヤを糸口に

―各企業でSDGsへの取り組みが行われている中、「内容を理解するのが難しい」「何が正しくて、何が間違っているのか分からない」「何からはじめたらいいか分からない」といった声も聞かれます。そうした悩みを持つ企業の担当者に、アドバイスをお願い致します。

アドバイスなんてできないくらい私も日々悩みながら過ごしていますが…。むしろ、常に「本当にこれが正しいのだろうか?」というためらいは重要な気がします。SDGsを自分に紐づけて考えるためにも、まずは仕事を通して感じてきた違和感をひとつひとつ拾い上げることからはじめてみるとよいのかもしれません。「この服、いったい誰がどんな環境のなかで作ったものなんだろう」「売れ残った服が行きつく場所はどこなんだろう」「そもそもシーズンごとにこれほどたくさんのアイテムを揃える必要ある?」。そうしたモヤモヤを起点に、問題点と改善策をみんなで話し合い、アクションに移していく。そしてその過程を公表する。国際的な潮流から学び、すでに設定されている指標や先進事例を参考にすることももちろん重要ですが、日々感じている価値観や疑問に紐づけることがそれぞれの企業ならではの取り組みにつながっていくと思います。

―最後に鎌田さんご自身の今後の目標などをお聞かせください。

多くの人と対話できる場を増やし、できるだけ視点が偏らないようにしながら、具体的な動きをつくっていきたいです。というのも、この1年、環境省との会議などを通していろんな企業のいろんな方とお話しさせて頂いたのですが、同じファッション、衣服というキーワードを使う世界にいながら、見えている景色は非常に多様であるということが分かったんです。だからこそ、必要なのは情報共有。同業他社は基本、競い合っているもの。でも、それぞれが持つ知恵や知見を共有財産にすれば、環境や社会への取り組みという大きな歯車は一気に動き出すはず。知見や情報を共有し、協働が生まれる場を設ける。それが私の目標です。

1992年、徳島県生まれ。高校進学と同時に単身上京。在学中にギャル雑誌『Ranzuki』でモデルデビュー。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程在籍。同大学総合政策学部で非常勤講師を務める一方で、エシカルファッションプランナーとして活動。オンラインコミュニティ「Little Life Lab」を立ち上げる他、2020年2月からは一般社団法人「unisteps」の共同代表理事を務める。