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ハースト婦人画報社 ELLEグループ編集局長 坂井佳奈子さんインタビュー/個人が自由に発信できる時代だからこそ 継続性と本気の取り組みでメディアの底力を発揮

世界45の国と地域で刊行されている「ELLE」。日本版の「エル・ジャポン」ではファッション誌の中でもいち早くグリーン・イシューを特集するほか、2020年にはSDGsの達成に向けた情報発信を行う「ELLE ACTIVE!for SDGs」を発足。社会課題の解決に寄与する情報発信を次々に行うELLEグループを統括する編集局長の坂井佳奈子さんに、ファッションメディアだからこそできるSDGsとの関わりについて語っていただきました。

75年の歴史を持つメディアとしての使命

―SDGsやサステナブルというキーワードが国内で認知される前から、「ELLE」では環境問題や社会問題と向き合っていらっしゃいました。

「エル・ジャポン」で、はじめて環境問題を取り上げたグリーン・イシューを組んだのは2007年のこと。本国フランスをはじめとするヨーロッパ諸国でエコやエシカルファッションの話題が取り沙汰されている中、後れをとっている日本でそれをどう浸透させるかがひとつの課題でした。そこで、「車に乗らず、自転車に乗ってみよう!」といった表面的なアクションを紹介するところからスタート。正直、形から入るってどうなんだろう?と消化不良に思うところもありましたが、それも黎明期ならでは。以降、グリーン・イシューは定期的に発行され、時代とともにその内容も深掘りし、進化させていきました。

―「エル・ジャポン」でサステナビリティを取り上げる一方で、働く女性を応援する「エル・ウーマン・イン・ソサエティ」といったイベントを開催し、2020年にはポータルサイト「ELLE ACTIVE ! for SDGs」を発足するなど、問題提起の幅の広さには目を見張るものがあります。

働く女性が「仕事」という場面でもっと自分らしく輝いてほしい。そんな願いを込めて、2014年から主催しているのが「エル・ウーマン・イン・ソサエティ」です。紙媒体の一方通行の情報発信ではなく、イベントという形でリアルに体験してもらうことを目的にスタートさせました。回数を重ねるうちに、女性が自分の仕事だけでなく、社会に働きかければ環境や世界は劇的に変化する。SDGsには女性こそコミットすべきだという考えから、情報発信プラットフォームとして立ち上げたのが「ELLE ACTIVE ! for SDGs」。これまで点としてさまざまな手段で発信してきたことを、ELLEグループとして線でつなげていく。そうした発想がユーザー層を広げるきっかけにもなっているんです。

―ファッションメディアでありながら、環境問題や社会問題に対してグローバルな視点で取り組む背景にはどんなことがあるのでしょうか。

1945年にフランスで創刊された「ELLE」の持つ歴史とそこに宿るDNAによるものが大きいように思います。「ELLE」は、戦争の傷跡がまだ残るパリで「すべての女性に、好奇心に満ちた人生を謳歌してほしい」というメッセージを込めて創刊されました。雑誌に服の型紙をつけることで、特権階級のものだったファッションをすべての人が楽しめるものとして広め、自由な生き方へと世界中の女性たちを導いたのです。ファッション誌でありながらジャーナリズムの側面を持ち合わせているのが「ELLE」の特徴でもあるんです。そうした誕生の背景が、取り上げる情報、発信の幅広さにつながっているのではないでしょうか。

女性の好奇心を刺激する存在であり続けたい

―2007年から継続的に環境問題や社会問題を取り上げてきた中で、ELLEユーザーの意識はどう変わっていきましたか?

「エル・ジャポン」のグリーン・イシューの反響は年々高まっているのを実感します。読者アンケートで「新たな気づきを得ることができました」という3枚にもわたる熱いメッセージを送ってくださった方がいたり、女子高生の方が読んでくださったり。その熱量に驚かされるほどです。また、「エル デジタル」では、女優の二階堂ふみさんが動物福祉やSDGs、サステナビリティについて語る連載があるのですが、回を重ねるごとにUU数がアップ。アクションをどう起こすかのヒントを探っている読者の関心の高まりを感じずにはいられません。ためしに「ELLE」のモニターアンケートの結果を見ると、「サステナビリティに関心はあるか」という問いにおよそ9割の方が「YES」と回答。あらためて「ELLE」のユーザー・読者は社会に無関心でいられないのだと実感します。
こうしたことから、「ELLE」はファッション誌とはいえ、読者はただ美しく着飾るだけでは満足しないということがよく分かります。常に社会とつながっていたい。だからこそ、その社会がよりよいものでなければならない。そういう意識が芽生えるのはある意味、自然なことだったのかもしれません。

―メディアとして発信する内容などに変化はありましたか?

グリーン・イシューを展開しはじめた初期の頃は、サステナビリティについて理解を深めてもらうために、セレブリティをKOL(キーオピニオンリーダー)的な立場としてピックアップしていました。例えば、アカデミー賞授賞式でトヨタ自動車のハイブリッド車「プリウス」に乗って登場したレオナルド・ディカプリオや環境保護活動に取り組んでいるスーパーモデルのジゼル・ブンチェン。俳優やモデルの頂点に立った彼らの社会貢献へのアクションは、セレブリティの真の姿として日本の読者にインパクトを与えると同時に、サステナビリティを知るとっかかりになったはず。
それから十数年が経過し、SDGsへの取り組みがあらゆる業界で一気に加速している今は、表層的なものを取り上げることはとても危険だと感じています。情報があふれ、誰もが自分の意見を自由に発信できる時代だからこそ、メディアとしていかに本気で情報発信を行っているかを示すことが重要。地球温暖化の話題を取り上げるときも、たとえば海外の記事をそのままリフトするのではなく、専門家に取材し、正しい情報を精査して発信する。信頼に値する歴史と継続性を持っている「ELLE」ならではの強みを生かし、メディアの底力を見せながら私たちの“本気”を伝えていかなければと思っています。

―日本のファッション業界も本気でSDGsに取り組む必要がある中、印象的な取り組みを行っている国やブランドがあれば教えてください。

食品廃棄禁止法に続き、在庫や売れ残り品の廃棄を禁止する法律が施行された本国フランスの動きは目が離せません。美食の国、ファッションの国だからこそ、サステナビリティに本気で取り組み、インフラを整備していくその動きはさすがです。売れ残り品廃棄禁止法の旗振り役となっているポワルソン環境連帯移行副大臣はご本人のファッションも注目を集めていますよね。「フランスをイノベーション・ラボにしたい」と発言し、行動に移すそのパワーと求心力は頼もしい限りです。
ブランドでいえば、グッチやサンローランなどを擁するフランスのケリング・グループ。「ラグジュアリーとサステナビリティは同一である」という企業信念を掲げ、みんなが平等に生きていく生物多様性を説くその姿勢にアパレル界をけん引する本気を感じます。視点が面白いという点では、デザイナー中里唯馬さんによるブランド「YUIMA NAKAZATO」。パーツを組み合わせて、縫製なしで衣服を創り上げることでデザインをその時の自分の身体や好みに合わせ何度でも変化。劣化した部分だけを交換し着続けるというアイデアで話題になりました。「やがて衣服は一点物しか存在しなくなる」。そうした未来を想像し、クリエイティブの力、デザインの力として発信することは人間にしかできない知恵のなせる業。「自分だったらこんなアイデアがある!」と読者の好奇心をそそるような発信をするのも私たちの役目ですよね。
ファッションは環境に負荷をかけるネガティブな産業と思っている人も少なからずいる中で、ファッション界ほど持続可能性をクリエイティブに解決しようとしている業界はないということを多くの人に伝える。それも私たちメディアの使命であることを痛感しています。

―最後に、ELLEグループとして目指すことなど、今後の展望についてお聞かせください。

記事などのコンテンツを提供し、それを読んでもらうという段階から一歩先に進みたいと思っています。創刊時から読者に寄り添うメディアという立ち位置できましたが、これからは行動にまでも寄り添うメディアとして進化したいなと。つまり、私たちが中心となり、多くの人、企業を巻き込みながら、積極的にアクションを起こす立場になる。フランスの「ELLE」では、森林プロジェクトや女性のためのシェルターを作るなどしているのですが、こうした実際に行われているアクションを参考にするのもあり。今から76年前の創刊時のメッセージ同様、女性の好奇心を刺激する存在であり続けること。それを忘れずに私たちスタッフひとりひとりが地球・社会への好奇心を持ち続けることも大切ですね。

1998年にアシェットフィリパッキジャパン(現ハースト婦人画報社)に入社。「エル・ジャポン」編集部でファッション・ディレクターなどを経て、2014年1月に「エル・ガール」編集長に就任。2020年10月より『ELLE』に関する全メディアの編集体制を統括するELLEグループ編集局長に就任。