アテンションジャパンプロダクツ 取締役 Vlas Blomme(ヴラスブラム) 石井智さんインタビュー/サステナブル素材のヨーロッパリネンと 日本の技術力で世界のマーケットに進出
人にも環境にもやさしい自然素材、ヨーロッパリネンに着目して「ヴラスブラム」を立ち上げた石井智さん。ヨーロッパリネン協会からリネンエバンジェリスト(リネンの伝道師)とたたえられるなど、その活動が注目を集める石井さんに、リネンの持つ特性や生産過程について伺いながら、アパレル業界が抱える問題の解決への糸口を探ってみました。
もの作りへのプライドを感じたリネンの生産現場
―石井さんはなぜ、数ある素材の中からヨーロッパリネンに注目したのでしょうか。
実は、ブランドを始めるときに三つのテーマがあったんです。一つは日本人のクリエイティビティーと技術力を生かして、国内の作り手とチームを組んで海外にも販売していくこと。二つ目は、差別化できるニッチなファッションビジネスであること。三つ目は、人にやさしい自然素材で心地良さを感じるファッションを作ること。これらをかなえる素材として、思いついたのがヨーロッパリネンでした。というのも、私自身、1995年から3年間、仕事でヨーロッパに住んでいて、そのときに、アンティークショップなどで100年以上前のリネン生地の洋服やテーブルカバーなどが価値の高いものとして販売されているのをよく目にしていたんです。しかも、その多くは繰り返し洗濯され、何世代にもわたって使用されてきたもの。丈夫さと独特の味わいがとにかく印象的で。素材が持つ歴史的なストーリーやサステナブルといった観点からも、これは使えると思いました。
―日本の麻とヨーロッパリネンは素材として違うものなのでしょうか?
日本の表示規定では亜麻(リネン)と苧麻(ラミー)を麻と表記しますが、ヨーロッパリネンは亜麻のことを指します。リネンは温度調整や熱伝導性などの機能を備えているので、夏は涼しく、冬は温かく、オールシーズン活躍する素材なんです。夏の素材と思われている日本の麻とは肌触りも違います。“リネン”というと「チクチクした肌触りが苦手」とおっしゃる方もいるのですがこれも大きな誤解。1980年代に世界的なリネンブームが起きたとき、高品質なリネンの供給が追いつかず、リネンに他の麻素材がブレンドされたことが原因と言われています。ヨーロッパでは、むしろリネンはカシミヤよりも柔らかい肌触りが魅力とされて重宝されているんです。
―サステナブルな素材というとオーガニックコットンを思い浮かべる人も多いと思うのですが、石井さんが選んだのはリネン。
コットンの原料となる綿花栽培の多くは発展途上国で行われ、労働環境のほか、多くの水や農薬を使用するなどの問題も取り沙汰されています。そこで、オーガニックコットンが登場するのですが、栽培には大変な手間がかかり、世界の綿花生産量の1%にも満たないと言われています。一方、リネンの生産地はベルギー、フランス、オランダといったEUの先進国が中心。ヨーロッパリネンは栽培に適応した農地が都市から近い場所にあり、労働環境も確立されています。リネンの成長はとても早く、収穫までに要するのはおよそ100日間。ある研究者の話によると、その期間の二酸化炭素の吸収量は森林の約4倍にもなるとか。しかも、灌漑を必要とせず、雨と日光があればスクスクと育ち、収穫時は根っこから抜いて、種からは亜麻仁油も採取できるなど無駄がまったくないんです。さらに、ジョージアの洞窟から、3万4000年前のリネンが発見されたことから、世界最古の繊維であることも分かったんです。
―人類の歴史に欠かすことのできない、重要な素材でもあるんですね。
リネンの中でも最高の品質を誇るのがベルギーのコルトレイクリネンです。コルトレイクを中心とするベルギー北部にあるリネン農場では、十分なミネラルを含んだ土壌を保つために、5〜7年サイクルでリネンを栽培する輪作という農業法を取り入れています。リネンを育てない期間はジャガイモや小麦、トウモロコシといった食べ物を育てて土地を回転させる。そうすることで、クオリティーの高い世界最高峰のリネンを生み出しているのです。実際に現地を訪れてみて強烈に感じたのは、リネンに携わる人たちのプライド。品質のよいものを作る真摯な姿勢はワインや日本の米農家に通じるものがありました。
生産者も職人もワンチームになって世界に届ける
―商品化する過程で苦労された点はどんなことでしょう。
日本での「チクチクする」「夏だけの素材」といった誤った認識を解いて、リネン本来のよさをいかに伝えるかがいちばんの課題でした。「肌でリネンを感じることができる最善のアイテムは何か」。そう考えたときに思いついたのがリネン100%のTシャツです。これは、本場ヨーロッパでも見たことがなくて。だったら、自分たちが作ってみようと。ところが、リネンの糸には節があり、伸縮性がないため糸が切れやすく、まともに編むことができない。そこでベルギーの紡績会社と共同で開発したリネン糸をベルギーから輸入し、日本の職人たちが自らの技術とアイデアで工夫を重ね、ようやくリネン100%のTシャツが完成。およそ2年かかりました。
―リネンで作られたTシャツ。触ってみると、その柔らかさと触り心地のよさに驚きました!
ヨーロッパの人たちが「リネンの肌触りはカシミヤにも勝る」と、シーツや下着などに使ってきたのが分かりますよね。リネンは繊維の中に空気をため込む特性があるので、保温性があり、冬の素材としても優れているんです。そこで、さらにリネンの特性を研究し、糸に負担が少ない手動の古い編み機で作るリネン100%のニットなど、今まで市場に普及していなかったアイテムを生み出していったんです。数々の困難な開発は、日本国内の工場やそこで働く職人さんの協力がなければ成し得ませんでした。
―日本では、縫製工場の跡継ぎ問題などもあると伺っています。そうしたリネンをとりまく環境に対して、貴社ではどんな取り組みを行っているのでしょうか。
90年代以降、中国や東南アジアを製造国とする輸入製品が台頭する一方で、廃業する縫製工場が跡を絶たない状況です。だからといって、日本の技術力や手間を惜しまないもの作りへの姿勢をこのまま絶やすわけにはいかない。そこで、弊社ではブランド発足時から品質表示のタグに、製造を担当した日本国内の機屋さんや縫製工場の名前を表記しています。これは、製造側も我々企画販売側も一つのチームとして取り組む姿勢を表しています。よくも悪くもリネンはその独特の特性上、原料から販売までのサプライチェーンが一つのラインでつながらなければ品質のいいものを作ることができません。人にも地球にもやさしいリネンのストーリーを伝えながら“ワンチーム”で世界のお客さんに製品を届ける。15年間続けてきたこの取り組みを成功させ、魅力あるビジネスに成長させることが、多くの人の意欲を盛り立て、次世代へとつなげることになると信じています。
―まさに、SDGsにつながる取り組みともいえますね。
SDGsを目的としてブランド開発を行ってきたわけではなく、結果的にSDGsに当てはまったのかなと思っています。大量生産・大量消費に不向きで、注目を浴びづらかったリネンにまつわるストーリーを語り伝えながら、ファッションブランドとしてサステナブルな洋服を送り届けたい。その思いと行動がSDGsの考え方にナチュラルに呼応していければと。お客さまから「ヴラスブラムはもともとSDGsだね」と思っていただければ幸いです。
―最後に、リネンの今後の可能性、およびブランドとしての展望についてお聞かせください。
リネン業界の新しい挑戦としては、リネンコンポジットと呼ばれるリネンの繊維を混ぜ合わせた新しいリネンファイバー素材の開発が挙げられます。聞くところによると、世界の一流自動車メーカーがボディー素材としての活用を検討しているそうです。リネンを混ぜることで石油成分を減らし、強度を高め軽量で特に振動率が低くなるとのこと。これからは、メーカーもブランドも消費者も、大量生産・大量消費以前の時代を再考することが一つのソリューションとなるはず。それは、サステナビリティーが流行で終わらないことにつながると思っています。私たち、ヴラスブラムの展望としては、ニッチなビジネスからの脱出でしょうか。認知度を今よりも上げ、より多くの人に心地のいいブランドとしてファッションを楽しんでもらえるようなコレクションを作っていきたいと思います。洋服とは別に、タオルなど日常で活躍するホームテキスタイルに取り組むことができればと考えています。
総合商社時代に駐在していたヨーロッパでリネンに出会ったことがきっかけで、2006年に「ヴラスブラム」を立ち上げる。翌07年パリの展示会「トラノイ」に出展。リネン100%のニットやカットソーを扱うブランドとして高い評価を得、現在では都内の店舗のほか、国内約120ショップ、海外約50ショップに卸を行っている。
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