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「新しい価値観が生まれる瞬間を目撃せよ」ファッション編集者がサステナビリティに夢中になる理由 サステナビリティ・ディレクター向千鶴さん

Fashion × Sustainabilityをテーマに、ファッション業界で活躍するトップランナーの方々とファッションの未来や可能性、これからのビジネスのヒントを探る連載企画。ファッション業界紙『WWDJAPAN』の編集長を経て、2021年から編集統括サステナビリティ・ディレクターに就任し、2024年8月に独立されたファッション編集者、向千鶴さんにお話を伺いました。

移り変わる時代の中で感じていた“ズレ”

―改めて、向さんの経歴を教えてください。

2001年にINFASパブリケーションズに入社し、初めはコレクションブランドのランウェイルックがずらりと載っている雑誌『Fashion News』の編集をやりました。まだそこの頃はランウェイのルックが見られる媒体は少なく、世界中を飛び回りながら国内外のブランドを取材していました。その後2010年に『WWDJAPAN』編集部になり、2015年から編集長を務めていました。

―もともと向さんがサステナビリティに関心を持ち始めたのはいつ頃ですか?

2018年あたりに『プルミエール・ビジョン』(パリで開催される世界最高峰のテキスタイル見本市)へ取材に行ったスタッフから「大変です!大手メゾンがサステナ素材しか買わないって言っています」と聞いて「え!?」と。なので、まずはビジネス面からサステナビリティに触れました。でも今となって考えると、その頃からちょっとした“ズレ”を感じていた気がします。当時はまだショーを観にいく時はそのブランドの新作をバッチリ着るという風潮がありました。9月のミラノコレクションで猛暑の中、秋冬の服を着て汗をかきながら並んでいる姿に「何かがおかしいな」と。パリコレクションでもセーヌ川が豪雨で溢れるなど気候変動を体感しつつ、一方で多様性を謳う気鋭デザイナーのショーに感動したり。ファッションショーを通じていろんな体験をし、危機感と可能性の両方を感じていたと思います。

―それでサステナビリティ・ディレクターという肩書きを作ったのですね。

はい。『WWDJAPAN』はファッション業界メディアです。その業界メディアがちゃんとサステナビリティの旗を立てること。そして、その旗振り役を編集長がやるというのは業界に対してポジティブなインパクトを与えられると思いました。

―そして、向さんが感じた可能性をビジネスにつなげていこうと?

ビジネスの可能性というよりも、正直、懺悔の気持ちの方が強かったんです。ファッション産業において、最も大きな課題は大量生産・大量消費です。そして私たちはその大量生産・大量消費の申し子みたいな世代。「来年はこれが流行るんで、これを作りましょー!」って言っていたわけですから。トレンドを掴んで洋服に反映させるファッションは、すごくクリエイティブで面白いし、それを伝えることも大好きだったので、全く後悔はしていないんですが、バングラディッシュの縫製工場崩壊のニュースや衣料品ゴミで埋め尽くされた島の話などを聞くと、自分たちが楽しいと思ってやっていることは、本当に世の中の役に立っているのか?という問いも強くなりました。ファッションはとても素敵なものです。これからもそうあり続けるためにも、少しチューニングをしないといけないのだと実感しました。

―会社を説得するのは大変だったのでは?

この役職は会社にお願いして作ってもらったんですが、はじめは「は?」って感じでした(笑)。それで飯食えるのか?って。さらに社外の方からも「向さん、総務部になるの?サステナってCSRでしょ?」とも言われました(笑)。でもそれが一般的な企業や大多数の感覚なのだと思います。ここ数年でだいぶ変わりましたが、まだ4割ぐらいはそう思っているのではないでしょうか。

パリコレと同じようにサステナビリティを捉える

―実際、活動されていて、どうですか?

すごく面白いですよ。もう、夢中ですね。私はサステナビリティをパリコレと同じ目線で見ているんです。ファッション編集者の醍醐味は、新しい価値観が生まれる瞬間(ショー)に立ち会えることです。あのデザイナーの歴史に残るショーを、この目で観ることができる。サステナビリティもまさに同じで、まだこの世にない価値を生み出そうとしている人たちがたくさんいて、すごくクリエイティブ。現在では「デザイン」という概念も、布からどう洋服にするかだけでなく、原料や生産、販売の仕組みづくりからコミュニケーション設計に至るまで多岐にわたります。それがサプライチェーンの全工程で起こっているので、面白くないわけがないですよね。セルフィッシュと言われるかもしれませんが、地球のために!というよりも面白い!という気持ちが勝っています。でもやっぱり新しい価値が生まれる瞬間に立ち会えることはワクワクします。そのスタンスは昔から変わっていませんね。

―ではサステナビリティ・ディレクターになられてから付加された視点はありますか?

ファッションは農業だ、ということですね。こんなにもコットンが畑から来ているなんて、前は考えたこともありませんでした。ウールだって牧場からくるし、ポリエステルだって石油なので、全部大地からきている。それに気づくと感心がいっきに広がりました。昔は出来上がった洋服の色とか形、それを着てかっこいいかどうかを書いていたんですが、種もクリエイティブなんだと思ったら農家にまで目がいくようになりました。

―実際に活動されていて、課題だと感じられることはありますか?まわりの方々との意識の差などはありますか?

まわりとの意識の差はあまり気にしないようにしています(笑)。よく「意識高い系」とか「お花畑(呑気に花や蝶々を追いかけているイメージ)」とか言われます。物が売れなきゃみんなご飯食べられないんだよ!と叱咤されますが、私は「でもお花、綺麗だよ!」って言うようにしています(笑)。

―ではメディアの課題はどうでしょうか?

サステナビリティにおいて、メディアの最大の課題は共通言語が定まっていないことです。価値観が変わる時って、言葉も変わるんです。先日も『サステナブルな循環型スカート発売』というリリースが届き、すぐ「循環型とはどう言う意味ですか?」と問い合わせました。するとプレスの方が生産の方に確認してくれて、循環というのは回収してリサイクルするという仕組みことで、ケミカルリサイクルという技法を使うようですと返答があり、そこで初めて私たちは『ポリエステルを再利用したケミカルリサイクルのスカート』という表現が書けるんです。サステナブルという言葉の定義は、発信する方も受け取る方もまだふわっとしていて、エコ=地球にやさしい、みたいなイメージが浮遊しています。それが悪いわけではないんですが、ふわっとした表現だと、ものの正しい価値が伝わらない。サステナブルというのは環境だけではなく、人権も教育もジェンダーも年齢も絡んでくることなので、もう一歩踏み込んだ言葉の探求が必要なんです。

―それはメーカーさんも同じですよね?

そうですね。自分の会社が生み出したものや、自分の会社がどこに向かっているのかを明文化できていないと、どうしても表層的な表現になってしまいます。サステナブルは多岐に渡るので、その全てを網羅するのは難しい。色々ある中で「私たちはこれを打ち出していく」という指針を明確に持つことが大事。それを無視して「サステナブルやります!」だと、自分たちの商品や事業とリンクしないので、伝わらないわけです。

「こうすべき」で考えるのではなく、「こうしたい」で考える

よくブランドさんから「サステナブル、やっといたほうがいいですよね?」とか「Z世代は関心が高いんでしょ?」と聞かれるんですが、「やった方がいいですが、あくまで御社がやりたいんだったらですよ」と応えています。やったほうがいい、で始めると遅かれ早かれ必ずどこかで歯車が狂うんです。結局は自分たちがどうしたいか強い指針がないと持続しませんから。

サステナビリティという言葉は業界を繋ぐパスポート

―向さんの今後の目標をお聞かせください。

私の夢は2030年もしくは2040年にCOPのような国際会議でファシリテーターとして登壇することです。トークテーマは既に決まっていて「なぜ、日本のファッション産業は循環型へとシフトすることができたのか(過去形)」です。なので、まずは達成させることが必要なんですが、既存のサプライチェーンの中だけで解決できることは少ないんです。テクノロジーや農業、デジタル、行政などなど、サステナビリティという言葉を軸に、様々な業界と連携していく必要があります。

―それもあり独立をされたと。

『WWDJAPAN』はあくまでファッションビジネスに特化しています。サステナビリティに関しては、もう少し広い世界と繋がることが必要で、そこで得た気づきが必ずしもファッションに直結するとは限りません。そして、先ほども言ったように色々なレイヤーで新しいことが生まれているので、想像以上にスピード感が大事なんです。フットワーク軽く動くためにも独立という選択に至りました。

『WWDJAPAN』のお仕事も継続されると伺いました。

はい。引き続き『WWDJAPAN』のサステナビリティ・ディレクターという肩書きは継続しますし、サステナビリティ関連のコンテンツ、イベントのプロデュースも行っていきます。でも目標を決めると案外楽なんです。3年後にファシリテートするためにこれは必要か不必要か?という視点で物事を捉えられるので、取捨選択がスムーズになりました。

行動変容のきっかけづくりと日本のクリエイティビティアピール

では最後に、広告代理店に期待することはありますか?

消費者の行動変容、ではないでしょうか。個人的にはあまり好きな言葉ではないんですが(笑)。人は変わってくれと言われると変わりたがらないものですし、行動変容しろ、と言われて変わる人はそういない気がします。でも新しい価値を作って広げていくというのは、結果的に人々の行動を変容させるということですよね。行動変容という言葉を使わずに、みんなの行動をちょっとだけ変容させてあげる。その道筋やきっかけづくりを広告代理店さんに期待したいですね。荷が重いですか?(笑)。

でも、そこにこそファッションの強みが活かせると思っています。なぜならファッションって、着るものを変えれば、知らず知らずのうちに行動変容できているものなんです。以前、メゾンと組んだ環境活動家さんに、なぜメゾンと組んだのですか?と聞いたら、「活動家が広場で叫んでもなかなか人の行動を変えることはできないけど、ファッションはTシャツ1枚でメッセージが届き、みんなの行動が変わる。それってすごいことでしょ!ファッションってすごい!」とおっしゃっていました。やっぱりファッションは人々の生活をより豊かに、より綺麗に、より楽しい方向に変容させる力を持っているんです!どうですか?お花畑でしょ?(笑)。

もうひとつあるとするならば、地域とか日本のことをしっかり世界にアピールすることですかね。特に“循環”に関してはその規模が小さければ小さいほど実現しやすい。今、日本各地で自分たちの街や地域で良い循環を作ろうとしている人たちが増えていて、とても良い機運が生まれていると感じています。日本地図を俯瞰で見て、志のある人たちを繋ぎ、お金を生んでいく仕組みを作る。その役を日本の広告代理店さんが担ってくれることを願っています。日本が誇る有能な職人を束ね、日本のクリエイティビティを世界にアピールしていく。それが日本のファッション産業のサステナビリティに大きく繋がっていきますから。期待してます!そして一緒に日本のファッション産業を循環型にしていきましょう!

―精進します!ありがとうございました。

向千鶴さん 大学卒業後、株式会社エドウインの営業職、株式会社日本繊維新聞社にて記者として活動。2001年より株式会社INFASパブリケーションズに入社し『Fashion News』の編集者として活躍。2010年より『WWDJAPAN』編集部に異動、2015年に『WWDJAPAN』編集長に就任。2021年より株式会社INFASパブリケーションズ執行役員兼『WWDJAPAN』編集統括サステナビリティ・ディレクター。2024年8月に独立し、The Think Pod for Fashion×Sustainability『CRANE&LOTUS』をスタート。

Photo: Takuya Maeda